『日本民俗学 第２１８号』 日本民俗学会 1999.5 より
この都市周縁部の行事が農耕儀礼を基盤としたものであることは、明らかである。大阪近辺の各地にこれに類する民俗事象がかつてそこかしこに存在していた。例えば、兵庫県武庫郡の「牛の節供」*18は次のとおりである。
○兵庫県武庫郡では、五月五日を「牛節供」と呼ぶ。この日、朝の間に露に濡れた草を ウシに食わせると病気にならないと信じられたもので、野辺や畔で草を食わせた。
これを前節に示した構成要素に照らせば、（１）（２）（４）となり、行事の時期、場所が一致し、牛放ち行為が対応する。大阪府下・北河内にも牛駆け行事があった*19。
○北河内の九箇村の内に池田川村といふあり、此の里にも古き時代より毎年五月五日に牛駈けといふ行事あり、此の里の農家は耕地の多くは水田なるため、牛を使役するは五月と秋の収穫時以後に耕耘する而己故、閑期は他村の如く貨物運搬等にも用ひず、皆大和地方に連れ行き、毎年馴致の家に預けて飼育せしめ、五月となり連帰る風習あり、五日より前の日迄には全部帰着するを以て五日の日は端午節句の日とて、武者人形を飾り鯉幟などを建つる家もあり、牛の飼へる家も共に業を休みて、村里は相当に賑はふが、牛駈は農家の重要とせるものの如く、先づ飼牛には頭に、菖蒲、艾、躑躅、などにて飾り立て、面懸は太き紅白の布にて縄ひ鼻木より角の後ろにかけ、衣にて胴を被ひ、一人の男は綱を曳き、皆々「モジリ」といふ広場に集る、時定つて先頭の牛は道路に曳き出され、初めて静かに歩めとも、何し道路の両側に立てる人は、牛を遣り過して横から尻を叩き、ワアツト声を揚ぐる故に牛は驚きて駈けるを、道傍の人は皆尚も尚もと叩き声を揚ぐるものから、牛は益駈りに駈り休む暇もなく神社の境内に入りて止まる。此間牛方は綱を外さずに共に駈けり行く、先頭牛の境内に入りしと思ふ頃に次の牛は亦同様駈けり行く、斯く次から次と駈終るや、徐行にて皆それぞれの家に帰りて牛の汗などを拭ひて元の如く飾り立て繋留し置き、飼主は一定の当番の家に集り祝盃を挙げ又牛をも饗して一日を了る、之は近年迄確かに行はれしを今も尚行はれつつありや無しや判明せざるも多分廃れしならんと聞けり。････
これの構成要素は、（１）（２）（３）（４）である。行事の時期が端午の節句であり、牛飾りをして牛を放つ点で一致する。この件の行事の中心となる場所は神社の境内である。この行事は、借り牛の習俗の一環として捉えられる。北河内と生駒山を挟んで東の大和地方との間には、農閑期は牛を大和に預け、農繁期の近づく五月に連れ帰る一連の習俗があった。それの一環としての行事である。行事日の五月五日の端午節句は、この地方では牛が飼い主の家に戻り、田植えに使役される前である。
《註》
*18 鈴木棠三 一九八二年『日本俗信辞典』角川書店 牛（３）猿と牛 牛の 病気まな い 七四頁よりの引用。
*19 岡市正人 一九三一年「池田川村の牛駈と小山田の馬駈」『上方』二九号 一〇四頁よりの引用。