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二、水都の賑わい

　大阪市の広報紙に＜「水の都」大阪のまちづくり史＞といった特集記事が組まれている（注１）。その冒頭には、「すでに一五〇〇年前に海外との玄関口として栄えていた大阪。水に恵まれた土地である反面、河口に堆積する土砂や洪水に悩まされていた土地でもあります」とある。これを地質面で裏付けるのは、大阪市建設局監修『大阪の川−都市河川の変遷』の記事である（注２）。これには、上町台地を形成する難波砂堆・天満砂堆の西の海岸低地は、沖積層の地盤上に出来た三角州であることが示されている。ここで、前掲の広報紙の小見出しをもとに歴史の流れを中世末期まで一飛びにたどると次のようになる。

【資料１】水都前史関連略史

１　古代六○○○年前、大阪は海だった。 ２　仁徳十一年条（日本書紀〉、最初のまちづくり「難波堀江」の開削。 ３　六四五年以後、難波津に近い場所に広大な宮殿「難波宮」の造営。 ４　中世、新しい瀬戸内航路の開削による難波の衰退。 ５　室町時代後期、石山本願寺の寺内町成立。

　大阪の歴史が「水」と深い関わりがあることが明らかである。大阪の盛衰・浮沈は「水」によって決まった。天正八（一五八〇）年、織田信長方による真宗門徒衆の拠点・石山本願寺への攻撃の結果、教如が大坂を退去し門徒宗による寺内町は滅亡する（注３）。
豊臣秀吉が石山本願寺の跡に濠を巡らせた大坂城を築くのは、この五年後の天正一三年（一五八五）のことである。こうして水をいかした城下町づくりが始まる。水都・大阪の原型はこの時代に形成される。　時を経て、近世末に水都の見事な景観を述べた記事が『浪華の風』にある（注４）。

　○浪花の地は、日本国中船路の枢要にして、　財物輻輳の地なり。故に世俗の諺にも、大坂は日本国中の賄所とも云、又は台所なりともいへり。実に其地巨商富估軒を並べ、諸国の商船常に碇泊し、両川口よりして市中縦横に通船の川路ありて、米穀を始め日用の品はいふに及ばず、異国舶来の品に至る迄、直ちに寄場と通商なる故、何一つ欠るものなし。

　著者の久須美祐雋は、大阪町奉行に在職し、その折に見聞したこの地の人情・風俗・物産・食物などについて書き記している（注５）。その冒頭がこれである。そこには、後世大阪を云う「天下の台所」という常套句がここに見られる。そこには、浜に軒を連ねる商賈、岸に接岸する商船、市中に四通八達する堀川が取りあげられ、市中繁昌のさまが叙せられている。

　現在の大阪市域の市街地化は、木津川の東と西とでは異なる。木津川より東は、近世の大坂三郷の町地であり、西は近世以降の埋立新田である。水都のまちづくり略年表を示しておこう。

【資料２】水都のまちづくり略年表

慶長３	一五九八	天満堀川開削。
５	一六○○	阿波座堀開削。
１７	一六一二	南堀川（道頓堀）開削着手。
元和２	一六一六	船場を南北に分け、北組 と南組が成立。
３	一六一七	江戸堀川開削。東横堀川 東岸に住吉屋町。
５	一六一九	又一町の遊廓を道頓堀に 移し瓢箪町とする。北船場・南船場などに多くの新町が成立。
８	一六二三	長堀開削成る。市中散居の乞食（非人）を下難波村の荒地と天王寺の堀越・飛田に移す。この頃、道頓堀垣外成立。
寛永元	一六二四	海部堀川の開削と永代浜の建設成る。
３	一六二六	立売堀開削成る。
４	一六二七	衢壌島干拓完成、九条村成立。
５	一六二八	阿波座新堀川（薩摩堀川）開 削開始。
７	一六三○	阿波座新堀川完成。
８	一六三一	中村勘助、木津川を浚渫。

（『新修大阪市史』巻一○「�U年表」より抜粋）

　大坂三郷の開発は、豊臣期の大坂城築城と城下町づくりの着手に始まる。その時、堀川の開削が始まった。堀川の開削は、秀吉の死後も続けられた。【資料２】からは、松平忠明が大坂城主となる元和元（一六一五）年までにすでに天満堀川・阿波座堀・南堀川（道頓堀）が開削されていたことが分かる。元和二年（一六一六）に、船場に北組と南組が成立したこと。翌元和三年（一六一七）に東横堀川東岸に住吉屋町開発とあること。これらの記事からして船場の東・上町の西に東横堀がすでに南北に掘られていたことは確かである。『新修大阪市史』は、開削の順序を次のように記している（注６）。

　○まず南北に東横堀川と西横堀川が通じ、西横堀川から西に阿波座堀川が掘られ、次いで東横堀川の南端から西の木津川に至る道頓堀川、西横堀川から西に向かって江戸堀川・京町堀川・阿波座堀川から分岐する薩摩堀川が、その後、東横堀川から西横堀川を横断して木津川に至る長堀川、また阿波座堀川から分岐して西に海部堀川、西横堀川から西に立売堀川が開かれていた。

　近世大坂の町場は、上町の西に東横堀川を挟んで北から南へ船場・島之内が造成され、さらに西に西横堀川を挟んで北から南へ西船場（下船場）・堀江が造成された。大坂三郷町地は、水利の便によって諸国の物産の集積地として、多くの問屋が並び、西国諸国の蔵屋敷の並ぶ水辺の町として繁栄した。さらにまた町場の南の境を限る道頓堀界隈が芝居の建ち並ぶ繁華な町となったことは、すでに延宝年間刊行の『蘆分船』（注７）に見えるとおりである。

　大坂三郷町地にあっても西船場の南に位置する堀江の開発はやや後れた。西長堀川と西道頓堀川に挟まれたこの地域は、元禄十一年（一六九八）、河村瑞軒が堀江の中央部を東西に堀江川を開削した（注８）のが端緒となり、その川筋に新地を造成したことに始まる。この堀江新地にも、能舞台・芝居・相撲・魚市・青物市が許可され、賑やかな市街地となっていった（注９）。これらの堀川は、用水路・排水路であるだけでなく、商品・物資の輸送のための運河・水路となった。さらに堀川の巡らされた界隈は、都市生活者の目を惹く遊興空間として演出された。このような界隈の堀川に架かる橋は、彼此の世界を変換する装置である。まさに水辺にできた近世大坂は、生業に遊びに水都の賑わいを呈していたのである。

（注１）「大阪市政だより」五八五号　一九九八年十月
（注２）大阪市建設局監修『大阪の川−都市河川の変遷』七頁　一九九五年 
（注３）『新修大阪市史』第一〇巻　八〇頁　一九九六年
（注４）安政三年（一八五六）起筆　久須美祐雋『浪華の風』
　　　（『日本随筆大成　新装版』第三期五　三八九頁　吉川弘文館　一九七七年　
（注５）前掲『浪華の風』（『日本随筆大成　新装版』第三期五　五頁
（注６）『新修大阪市史』第三巻　四二三頁　一九八九年
（注７）一無軒道治　一六七五年『蘆分船』
　　　　『浪速叢書』第十二巻　九六頁　浪速叢書刊行会　一九二九年
（注８）前掲『新修大阪市史』第十巻　「�U年表」九七頁
（注９）西区コミュニティ協会編集発行『西区の史跡』二〜三頁　一九七九年