矢頭長助之墓 上福島浄祐寺にあり、長助教照は、赤城義士矢頭右
衛門七教兼の父なり、父子ともに大石に従ひ、主君のあだを報せ
んと、浪花に来て身を潜め、時のいたるを待に、長助重病にかゝ
りて、終に元禄十五年午八月十五日没すとぞ、或は九月廿八日と
も、当寺の碑に勒して曰、
矢頭長助之墓
赤城之臣、四十七人惟一心、自 周臣三千 以往、和華古今之義
烈、未 能或之先也、宜乎許之以義人、固前載之所詳、奚
贅余言矣、独矢頭長助教照者、右衛門七教兼之父也、去赤城
之後父子相携寓于難波、将死疾于牀謂教兼、曰我父子与
盟、今不幸未果而死、汝能投命殉節忠孝両全、我死且不朽、
及其 也、質襦鎧貸金葬諸梅田、元禄壬午八月十五日也、
居亡何武林子促東行書至、遂偽仮襦鎧而東、当是時不 復
暇細瑾矣、果不負父遣教、揚名于海内雖婦人小子莫不
称其忠孝矣、嗟平非斯父不能生斯子、安能継父志、吾
州有河田冬川正休者。名士之後頗好義慷慨慕節、一日来告
余曰、近我遊難波展矢頭君之墓、不壊不樹六十一年于今
矣、鞠為茂草我為之堕涙、惟古昔以懐其人、中心惨怛以彷
徨不知我者、謂我何求我不忍 使絶世之士蕪没 其墓、今将
欲樹碑表 墓、子盍不銘、余亦深義之、迺為之銘曰
歳寒松栢 斯父斯子 彼蒼者兮 曷殄厥祀
身殉牀褥 心存忠烈 骨兮朽兮 遺芳不竭
宝暦十二年壬午上巳日
讃州高松儒学 菊池武賢撰
讃州高松隠士 河田正休建
此碑ハ元緑壬午年より六十一年の後、宝暦壬午年、讃州山田郡本
山郷の住人河田冬川正休、難波に来て、此に敦照の墓を訪ふに、
其しるしの石蕪没、すでに其あとを亡ふに至る、これによつて新
たに石を刊て建る所なり、
按ずるに或家の所蔵に、右衛門七教兼の書翰あり、其文中に、久々
大坂梅田に逗留仕云々、又秋岸円月信士と法号し、元禄十五年九
月廿八日、大坂安志寺にて取置するよしを書り、尤当名不詳、赤
穂の菩提寺へ贈れるにや、碑文と月日相違し、且安志寺の名今詳
ならず、後考を俟のみ、
一書云、矢頭右衛門七教兼は、武林唯七隆重に交情深かりしが、
隆重、京より書を贈り言けるは、同士思ひ／＼に関東に下向せり、
大石氏も追付出府あるべき由なり、然る上は早々罷下らるべし、
我等同道すべきとの趣なり、矢頭は、去年、赤穂を出てより、父
長助と一所に大坂新地堂島野間屋久兵衛といへる者の店に仮栖し
けるが、図らずも野間屋が家にて病死せり、既に臨終て、長助、
右衛門七に遺嘱して曰、我復讐の盟にありて、不幸にして今病死
す、汝父が志を継て、君の讐を復すべし、人倫の道、忠孝にあり、
父が志を継は、孝なり、君の讐を復するは、忠なり、此二の物を
能する、則かならず義士ならんと、教兼、父の言を以て肝に銘ず、
然に家究めて貧しく、父の葬送の礼を行ふ事あたわず、兼て用意
せし一領の腹巻の外は、銭に換ん物もなかりければ、教兼、ひそ
かに家主久兵衛に告て皮裏甲を質にして金を借受、葬礼をいとな
み、梅田墓所に葬りける、時に右衛門七、僅に十六歳、斯のごと
く貧賎に困めども、忠孝の大道廃れず、節を守て移らざるこそ有
がたけれ、其後喪を勤めて日数を送りける所に、武林が書至つて、
出府を進む、教兼、彼一領の裏甲なくしては、所為なしと、仮に
偽て家主久兵衛に謂て曰、先達て足下をたのみ質に入たる裏甲、
いさゝか見合せたき事の候間、暫くかし給るまじき哉、些も遅滞
なく返し申べしと、実しやかに演ければ、久兵衛も、日頃衛右門
七か廉直なるを知たれば、快く肯ひ、質屋に告てこれを借受、右
衛門七に渡す、教兼これを得て、一通の書置を久兵衛に残し、直
に上京して武林唯七、小野寺幸右衛門と同伴して、関東にぞ赴き
ける、斯て翌年二月、義士のこらず東武の鬼となることを聞て、
野間屋久兵衛、質屋某、大に感嘆し、金の損失を惜とせずして、
かへつて追善供養をなしける、実に教兼が英気大行細瑾の格言に
叶へりといふべし云々
按ずるに、此説大概碑文に同じ、梅田墓所は、今曾根崎の北にあ
り、又浄祐寺の辺を梅田道或は梅田堤などいへり、一説に此辺す
べて田圃なりしを、浪花繁栄につき、田を埋みて民家をたつるゆ
へ、埋田と字せりといふ、
摂陽群談に云、梅田の墓所、はじめは曾根崎村の田圃にあり、大
坂市店に近く、火葬の余烟、そのけがれを忌て、貞享年中、地を
今の処に引しむと云々、然れば元禄以前に墓所は今の地に移した
れば、今の梅田の墓所にて火葬せしもはかられず、浪花の風俗、
凡十が八九までは火葬にせり、然れば、浄祐寺にありし墓しるし
の石は彼野間屋久兵衛、質屋某の徒、忠孝をかんじて、父子の弔
ひの為に建をきしものならん乎
後人尚考ふべし
【図 未完】
矢頭教兼、浪華を亡命して東武に赴く
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迺
(すなわち)
蕪没
(ふぼつ)
荒れはてて
うずもれる
こと
刊(きつ)て
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