土木交通機関并土地水面
　 第壱章　土木事業
　　第六　著大の水害（１４）

大和川流域被害の概略は、六月十六日以来降雨ありて、十七日午後に至
りて纔に止みしが、諸方の河川は大いに水量を加へ、大和川は十余尺を
増して、暴水弥急を告げ、泉北郡三宝村大字平田新田の堤妨凡五間を欠
損し、溢水村野に満ちて、沿道の人民その堵に安ぜず。
此の時、河内国南河内郡狭山地も雨水充満して、大いに地塘を破りしを
以つて、堺監獄署は囚徒をして修造に就事せしめしが、未竣功せざるに
池水再、暴溢し、忽西除川堤防凡二十間許を破壊せり。
因りて同州亦奔潟して下流同郡黒山村高橋下手の堤防百八十間を潰壊し、
田圃荒廃して麦穂を流亡するもの数反歩、尚、諸村の小橋数架を流せり。
又、県道の破損を被りしもの、同郡竹ノ内街道三十ケ所、奈良街道二百
五十ケ所、西高野街道三十ケ所の多きに上れり。
同日午後七時、大和川は水量十五尺に増加し、大和各郡の水害を被むる
もの甚しかりしが、亀之瀬以西に在りては、大なる被害を見ず。
十八日午前三時に至り、大和川始めて減水の状あり、因りて支流の各川
も漸その水量を減ぜり。
降りて二十二日、復、降雨あり、二十三日に亘りて苦雨時々下り、諸川、
再、暴溢せんとし、水勢を狂奔す。
当時支流の石川沿道に於いては、田圃凡六町歩許浸水せしを以つて、下
流同郡西浦村は驚愕して、愴惶排水の計を為し、午前十時、水量稍減少
せしに、二十五日苦雨、二十六日大雨、二十七日以来は、雷鳴交々至り
て、雨量更に加はり、二十八日午前三時、強雨一斉に下りて、天明始め
て霽る。是に於いて諸川大いに漲暴し、大和川、石川、大津川、石津川
等、其の他屈指の巨川、何れも水量六七尺を加へ、午前九時頃に至りて、
同郡新堂村大字中野石川の堤防延長四十間は、俄然欠損せり。
是に於いて郡村の吏員は、農民を駆りて早く防禦に就き、為に全破壊を
免れたり。
翌二十九日、雨弥々滂沱、同日薄暮、石川大いに満漲して、同郡大伴村
大字山中田堤防凡五十間を決壊し、翌三十日、大伴村大字板持堤防五六
十間、石川の水勢に耐ふる能はずして決し、尋いで同村大字山中田及び
大字北大伴の堤防亦数ケ所を決潰せり。同日和泉に在りては、午前十時、
大和橋北詰凡三十間許墜落して、泉北東成二郡の交通を絶ち、東成郡安
立町は浸水既に深くして、町民挙げて他村に去れり。
又、泉北郡は大和橋の落つるや、直ちに通路を開かんと欲し、船を激流
に浮べ、屈強の舟夫十余人を募りて北岸に達せしめ、其の返るに及び、
北岸を距る十数間に至りて奔湍衝激、忽舟を覆し、同載の四名は生死を
知る能はざるに至れり。以つて水勢の如何に狂暴なりしかを知るを得べ
し。
二日夜半に入りて、大和川減水の兆あり、翌三日に至り、水量五尺を減
じ、石川亦四尺余を減ぜり。其の他大津川、槇尾川、津田川、近木川、
岡田川及び石津川等の流域に於いて、堤防、道路、橋梁等の流失夥多あ
りと雖、淀、大和の二川の被害に比すれば素より同日の比にあらざるな
り。

愴惶
(そうこう)



霽(はれ)る









滂沱
(ぼうだ)
雨の降りし
きるさま